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NZ航空コラム : AIR NEW ZEALAND

ニュージーランド航空コラム

「オールブラックスってホントに特別!」

 ラグビー王国=ニュージーランド・ナショナルチームの愛称であるオールブラックス。ニュージーランドではまさしく「英雄」であり、世界のラグビー界では、憧れと尊敬の対象であるオールブラックスの魅力について、ラグビー博士=小林深緑郎さんに聞いてみました。


カイト
オールブラックスが世界のラグビーで「特別」なのはなぜでしょう?
小林さん
小林さん
 オールブラックスが「特別」で決定的な理由は、その強さにあります。国の代表チーム同士の対戦を意味するテストマッチにおいて、オールブラックスは世界のあらゆる国に勝ち越している事実があり、こんな代表チームは、どの競技を見渡しても他にはありません。
 2007年のラグビー・ワールドカップ(W杯)が終わった時点で、これまでオールブラックスを一番苦しめている相手は南アフリカ共和国代表「スプリングボクス」ですが、通算72戦して、「スプリングボクス」の29勝40敗3分け、スプリングボクスの勝率は45パーセント止まりです。
 W杯では1987年の第1回大会に優勝して以来、不運続きのオールブラックスですが、1996年にラグビーがプロ化してからの世界各国とのテストマッチの成績は、それ以前より一段と高い勝率を記録しています。たとえばオールブラックスに対してスプリングボクスは8勝22敗、スプリングボクスの勝率は37パーセントだけ。プロ化以後のオールブラックスに最も善戦しているオーストラリア代表「ワラビーズ」ですら、11勝17敗で、勝率は39パーセントに止まっているのです。
 オールブラックスを「特別」な存在たらしめているもうひとつの理由には、代表チームの歴史、それも謎めいた多くの魅力的なエピソードに因るところが大きいと思われます。ひとつだけ紹介するなら、「オールブラックス」の愛称がどうして付けられたのかについての謎があります。
 話はニュージーランドのラグビー代表チームが、英国・欧州(フランス)への最初の遠征を挙行した1905年まで遡ります。イングランド内を転戦するうちに、チームは現地の新聞記事によって「オールブラックス」の愛称で呼ばれるようになったことから、遠征チームはのちに「オリジナル・オールブラックス」として記憶されています。
そして、この遠征から50年を経た1955年の記念パーティーの席で、存命の遠征参加者のひとりが、「オールブラックス」の愛称の由来についてスピーチをしたのです。その中身とは、遠征チームのFWがバックスのように巧みなパスをしてプレーしたため、初めにイングランドのデーリーメール紙が、全員がバックス、つまり「All Backs」と呼んでいたこと、植字工のミスで「エル」の一文字が加えられてしまい「All Blacks」と印刷されたことから、次の試合地へ行くと「All Blacks」と印字したポスターに出迎えられたこと、そして遠征の後半には「オールブラックス」の愛称が定着するようになったのだ、という話でした。こうして、新聞の植字工のミスによりオール・バックスが間違ってオール・ブラックスに変化したという有名なエピソードが世に知れ渡ることとなったのでした。
 ところが、数多くのニュージーランド人ラグビージャーナリストや歴史研究家がいくら調査しても、遠征当時の英国の新聞記事のなかからは、元々そう称されたという「All Backs」という単語が、今日に至るまで、ひとつも見つかっていないという謎に包まれているのです。
 「オールブラックス」の愛称の起源として知られるもうひとつの説は、ジャージー、パンツ、靴下がすべて黒であることからそう呼ばれるようになったというもので、現在では、こちらの説の方が有力視されています。
 第1回W杯の1STファイブ(S0)を務めたグラント・フォックスは「ラグビーはブラッド・スポーツだ」と言っていました、真意は、幾世代も費やして育てる競走馬の世界と同じように、ニュージーランドでは、曽祖父母から祖父母へ、そして父母、また子へと受け継がれる家族の日常生活のなかにラグビーが根付いているというほどの意味でしょう。たとえばタックルや相手とのコンタクトの場面で、どう体を使うべきかという身のこなしを、キーウイたちは子供のころから親の世代のプレーを手本にして、身体で覚え込んでしまう。つまり、オールブラックスのラグビーも一言でいうなら、ブラッド・スポーツだということになるでしょう。
 先住民マオリのプレーヤーたちのパスとランを好むスキルフルなラグビースタイルとパケハ(白人)の密集戦のスキルとのブレンドに加えて、現代のオールブラックスには南太平洋の国々トンガ、フィジー、サモアからの移住者たちのパワフルなプレーが加わって、人種複合のチームであるという特徴もあります。

カイト
長いその歴史のなかで、最強のオールブラックスとは、何年のどういうスコッドですか?
小林さん
小林さん
 ラグビーはディフェンスシステムの発達により、15人のプレーヤーがポジションごとに役割をこなしていられた時代は終わりを告げ、それぞれの仕事に、プラスしてオールラウンドな技量が要求される時代へと変わりました。時代が後になるほど、プレーヤーが強くなっていることは間違いありません。しかし、フィジカルの強化に少なからぬ時間が割かれることで、パスやランニングのタイミングのような時間のかかる感覚的な技術の習得には、ひと昔以前のほうが上回っていた部分もあるはずです。
 1988年のオールブラックスは技量とパワーのバランスのとれた素晴らしいチームでした。前年のW杯優勝メンバーがさらに成長して、圧倒的な強さを誇りました。ウェールズとは2試合とも50点以上の大量点を奪って圧勝し、オーストラリア代表ワラビーズとは第2戦で1引き分けを許しましたが、あとの2試合には圧勝しています。この年のオールブラックスの試合は現地で見ていただけに、私にとっては思い入れが強く、業師のW・タイラーがトライをおぜん立てする、流れるような身のこなしや、後半20分過ぎから怒濤のトライラッシュを畳み掛ける情け無用の強さが、特に印象に残っています。
 テストマッチのメンバーはFWが1-マクダウェル、2-フィッツパトリック、3-ロー、4-ピアース、5-ギャリ・ウェットン、6-アラン・ウェットン、7-マイケル・ジョーンズ(またはブルワー)、8-ウェイン・「バック」・シェルフォード主将、BKは9-ブルース・ディーンズ、10-フォックス、11-ライト、12ワーリック・タイター(ワラビーズ戦からシュスター)、13-スタンリー、14-カーワン、15-ギャラハーで固定されていました。

カイト
過去のオールブラックスの監督のなかで、一番評価の高い人物は誰でしょうか?
小林さん
小林さん
 過去には、1人のコーチがすべてを取り仕切っていた時代もありましたが、ラグビーがプロ化してからのち、多くの代表チームでは、数名のコーチングスタッフによる分業指導体制へと変化しています。ヘッドコーチのなかには、みずから先頭に立って指導するタイプと、優秀なコーチを集めてチームの核となる基本プランを落とし込み、チームをまとめるための潤滑油的能力に優れたタイプがいるようです。
 87年W杯でオールブラックスをただ一度の優勝に導いたことで評価の高いブライアン・ロホア監督は、後者のタイプのはしりです。世界に先駆けて、フィットネスコーチを招聘し選手の強化を実施し、BKのアタックの参謀にジョン・ハートを、FWの強化にグリズ・ワイリーを迎えました。その成果である、タックルされても容易に倒されない身体作りの出来た強靱なセンタープレイヤーが、相手とクラッシュするポイントへ、計画どおりいち早くFWを走り込ませて、モール、ラックを支配し、連続攻撃を仕掛けてトライを奪うというラグビーを実戦したのでした。
 もしW杯の不成績が何物にも代え難い失敗とまでは考えぬ立場であれば、オールブラックスを率いての勝率で群を抜くグレアム・ヘンリー監督の評価がナンバーワンでしょう。その論法の評価で2009年までヘッドコーチの継続が決まったヘンリー監督の勝率は実に87・5パーセントの高率です。参考までに、勝率第2位は2003年W杯のジョン・ミッチェル監督で、82パーセント、また、1999年W杯のジョン・ハート監督は75パーセントでした。

カイト
小林さんの記憶に、一番強く残っている、オールブラックスの選手は、誰でしょうか? それはなぜですか?
村上さん
小林さん
 日本代表のジョン・カーワン監督(JK)の駿馬の疾走を連想させる豪脚もインパクトがありましたが、JKと同時代にFWのナンバーエイトのポジションでプレーしたウェイン・「バック」・シェルフォードが忘れられません。W杯後の1987年10月の日本遠征からオールブラックスのキャプテンとなり、1990年にワイリー監督にテストマッチのメンバーから外されるまで、4年間不敗の成績を残しました。パシフィック・マナ(太平洋島嶼民の一部の人が持つと信じられる魔力)を感じさせる鋭い眼光で、歴代オールブラックスのハカをリードする様は他の追従を許しません。そして、膠着した試合の局面を打開しようと、シェルフォードがスクラムからのサイドアタックを立て続けに敢行し、ゲインラインを突破し続けると、チームが鼓舞され、試合の流れが一気にオールブラックスに傾く現象を何度も目にしています。
 1988年のオールブラックスのオーストラリア遠征の最終戦で、頭に裂傷を負って、ニュージーランドに日曜日の夜に帰国したシェルフォード主将は、驚いたことに、わずか二日後の水曜日には、州代表ノースハーバーの主将として、頭にバンデージを巻いた姿で、タカプナのオネワ・ドメインに現れ、オタゴとの試合に臨んでいました。この試合でも、シェルフォードのサイドアタックが苦戦の流れを変え、勝利を呼び込みました。その時、バンデージがみるみる血染めに変わっていった鬼気迫る姿は、いまも目に焼き付いています。以前、JKにこの話をしたところ、「あのときバック・シェルフォードは、頭を17針縫う大怪我をした、彼こそ最高のリーダーだった」と話していました。

カイト
今年のオーブブラックスの見所はどこでしょうか?
小林さん
小林さん
 今年のオールブラックスの日程には、全部で13試合が組まれています。6月にはアイルランドとイングランドを迎えてのホーム3試合、7~9月に南ア、オーストラリアと戦うトライネーションズ6試合、11月には、スコットランド、アイルランド、ウェールズ、イングランドの母国4協会を相手に全勝することで、グランドスラムの名誉にあずかれる北半球遠征が控えています。
 例年と違うのが、今年のトライネーションズでは、今季のスーパー14選手権で採用されている新しい試験規則が適用されることです。6月と11月のテストマッチが従来どおりのルールで戦われることから、2種類のルールの切り替えにプレーヤーの頭が混乱しないかと心配するむきもあります。
 加えて、昨年のW杯の後、オールブラックスの主力選手だったFWのハイマン、オリヴァー、ジャック、BKではケラハー、マカリスター、メイジャー、ハウレットらが欧州のクラブへ移籍しました。このうち、影響の大きいポジションは、ハイマンの抜けた右プロップと、ベテランが抜けたスクラムハーフ、そして、2年間に4人が抜けたセンター(12、13番)を誰が務めるのかという問題が残っています。
 スクラムハーフには昨年のW杯代表の選考に漏れたウィップーが、エリス、スマイリーらをねじ伏せるのかが注目です。12番には指令塔10番カーターの後継者とみられているカンタベリー代表でテクニシャンのブレットが有力です。13番は激戦必至で、コンラッド・スミス、トエアーヴァの二人に新人でフィジカル面に優れたリチャード・カフイが挑みます。
 今年もオールブラックスの中心となる選手は、FWでは、ボールを追ってタックルし続け、相手ボールをもぎとる技術で世界一のフランカー7番のリッチー・マコウ主将でしょう。BKではSOカーターが、最近やや不安定となったゲームメークとキックの精度を、再びベストな状態へと戻せるのかに注目していきたいと思っています。

 ブルースの「ニュージーランド育ち」と言えば、小野晃征選手。残念ながら、今回発表された日本代表スコッドには入りませんでしたが、昨年、日本代表スコッドの一員として与えられたフランスワールドカップでの経験は、今後の小野選手にとっては、貴重なものとなったでしょう。小野選手の魅力とは、その大らかさ。良いことと悪いことを画一的に決めたがる日本的な物差しから解放されている、その大らかさには、一緒にいて、ホッとさせられるものがあります。小さな世界で、小さな物差しだけ頼りに育ってきたものにとって、小野晃征選手が持っている、どこかキラキラしたもの――おそらく、余計な判断基準から解放されている純粋さ――は、心からうらやましく思えるものです。普段は、弱冠20歳という、子どもっぽい姿を垣間見せる小野晃征選手。それでも、ラグビーをするときの表情は別。ニュージーランドのカンタベリー州アカデミーで育てられ、ニュージーランド各年代代表候補にも選ばれてきたそのキャリアが、小野選手を支えています。ラグビー王国ニュージーランドが育んだ小野晃征という選手が、これから、ブルースで、何を成し遂げてくれるか。小野選手のこれからに、注目していきたいと思います。昨年、ブルースに正式合流する際、福岡空港に着いてすぐに、「日本語だと、自分の気持を正確に伝えられるかどうかわからないので、英語にしてください」と心もとなげに話していたのが、昨日のことのようですが、すでに、宗像という環境にも、日本語にも慣れ、正真正銘、ブルースの一員として、入替戦という難局に臨もうとしています。その小野選手に、オールブラックスについて尋ねてみました。

「小さい頃から、オールブラックスに入りたいと思って、ラグビーに取り組んでいました。オールブラックスはニュージーランドでは、本当に特別な存在。ブランドとして、強い力を持っているし、オールブラックスの選手たちは、ニュージーランドで本物のスターです。ニュージーランドで№1スポーツのヒーローです」

 小野晃征選手が憧れ続けた、本当に特別な、オールブラックス。今年も、ヒーローたちの戦いぶりに注目です。

ニュージーランド航空・マーケティング本部
中井啓介さんから一言
日本のラグビーシーズンは日本選手権を迎え、シーズンも幕を閉じますますが、南半球のニュージーランドでは、スーパー14を皮切りにシーズン真っ盛りです。「スーパー12」が始まる前は、その年の「オールブラックス」の出来を予想するのに、「オークランド」の強さが一つの指針とされていました。つまり、「オークランド」が強いシーズンは、「オールブラックス」も強いと。しかしながら、プロ化が進み、選手の移籍をともなう昨今のシステムでは、こうした指針は、当てはまらなくなりました。次回2011年のワールドカップはニュージーランドで開催されますが、世界タイトル奪還を目指すニュージーランドにとって、「スーパー14」におけるニュージーランド勢の活躍から目が離せません。
Mayumi Noguchi / Blues Press Officer
オールブラックが特別な理由は、その強さにある
オールブラックスのラグビーはブラッド・スポーツだ
ブルースのニュージーランド育ちと言えば、小野晃征選手
小野晃征選手にとっても、オールブラックスは憧れの存在だった
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